2016年10月28日金曜日

「何となく」

最近の中学年代の選手を見ていると、「何となく」サッカーをやっている選手が多くいる気がしてならない。

過去においては、身体能力が高く、サッカーにまつわる感性がある選手が多く存在していた。その選手たちが「何となく」サッカーに取り組んでも、ある一定のレベルまでは到達できた。
                             
現在は、サッカーというスポーツが身近になってきて、誰もがサッカーを始められる環境が生まれてきた。以前にも書いたような気がするが、サッカーを始めて最初のテクニック習得はボールリフティングである。今も昔もリフティングの回数を伸ばすため、それぞれが相当な努力をしてきたはずである。しかしながら、その次の「止める」「蹴る」「運ぶ」という単純ではあるが最も重要なテクニックに対してのトレーニング、また、試合などでのパスひとつにしても「何となく」が少しずつ目立ってくる。
確実に相手選手の脚に当たる場面でも、「何となく」ボールを蹴ってしまう。ゴールキーパーの位置など関係なしに、「何となく、あの辺に」シュートをしてしまう。

勉強にしても、やらなくてはいけないとわかっているにもかかわらず、「何となく」勉強机に座って安心をする。親御さんも、勉強机に座っている息子を見て「何となく」ホッとする。塾に行っている間は安心する。
サッカーも勉強も同じである。全く同じではないかもしれないが、サッカーは好きで始めたはず。勉強はほとんどの選手があまり好きではない。にもかかわらず「何となく」サッカーに取り組む子供が多すぎる。
サッカーは好きだから、夢中にはなる。夢中でやれば多少は身につくものはある。勉強は「何となく」やっても身につかないし覚えられない。

時代背景も影響をしている。
技術の習得や良い習慣作りは何かしらの苦労を伴う。しかし、今の世の中は何かを身に着けるためや情報を仕入れることに、さほどの苦労がいらないようなシステムが多い。苦労や我慢ばかりが良いと言っているわけではない。この大事な時期の3年間で、「何となく」をやめて、前にも書いた「本気になって真剣に」取り組むことを頭で理解させ(この理解させる作業が難しい)、それをひとつひとつのトレーニングや習慣作りに反映をさせることが先決と考える。

「何となく」をやめ、トレーニング中の「トラップ一回」「パス一本」にこだわりながら、さらにボールを「奪う」「奪われない」ことに徹底的にこだわりながら取り組むことで、格段のレベルアップが図れると信じている。


上のカテゴリーに行っても、このこだわりを継続することができる選手を育成し、また、継続できなくなりそうになったら、選手が所属するチームへ出向き、「本気になって真剣に」を思い起こさせるなどのフォローを地道に行ってきたことが、名古屋フットボールクラブの歴史を作ってきたと考える。
                                                                  小崎 峰利